編集部特別企画2024.12.19 (木)
『「継ぐ」を語る。“事業承継支援”今とこれから』イベントレポート――後編
2024年11月22日、「女性のための事業承継ステーションSupported by エヌエヌ生命保険株式会社」による女性の事業承継支援をテーマにしたイベント『「継ぐ」を語る。“事業承継支援”今とこれから~事業承継した女性経営者の現状、先進支援事例や地域の実情を紹介。これからの支援について、ともに考える~』が開催された。
「女性の事業承継者」「承継者の女性を支える支援団体」「事業承継支援に取り組む自治体」の三者が一堂に会し、地域の先進事例や現状を共有し、課題や支援の重要性について議論する場として開催されたのが今回のイベントだ。
第1部と第3部の後にはディスカッション・パート「対話で見つける支援の新たな可能性」。登壇者と来場者が交わり、様々な視点からの質疑応答・議論が繰り広げられた。
今回のレポート後編では、第2部と第3部のトークの模様を中心に、その後のディスカッション・パート、クロージングまでをお伝えする(第1部及びその後のディスカッション・パートの模様はイベントレポート前編を参照)
第2部 女性承継者トーク
「女性事業承継のリアル:当事者が語る現状と承継の道のり」
第2部の「女性承継者トーク」では、実際に事業承継を経験した3名の女性経営者が登壇した。
夫の急逝によって突然事業を引き継ぐことになった岐阜県岐阜市の古田千賀子さん。それに対し、北海道札幌市の太田豊子さんと静岡県静岡市の山崎かおりさんは、経営者である父親から事業を引き継いだ計画承継の経験者である。ファシリテーターはエヌエヌ生命の小橋秀司さん。
第2部登壇者プロフィール詳細を読むにはこちらをクリック
太田豊子
太陽運輸株式会社代表取締役
東京の大学を卒業後、一般企業や病院勤務を経て、2008年太陽運輸入社。営業や労務人事、経理など様々な業務を経験した後、2019年父から事業を引き継いで同社取締役就任。男性社会のトラック業界で、女性目線で「ドライバーの地位向上」を掲げ、「働きやすい職場認証」2つ星取得。札幌市ワークライフバランス+取得。古田千賀子
有限会社古田商会取締役
1992年、岐阜市で事務用品・事務機器の小売販売の会社として設立。従業員数5名。創業時から経理を担当してきたが、経営者である夫の突然の死去により、2016年事業を引き継いだ。山崎かおり
株式会社山崎製作所代表取締役
起業や一般企業勤務を経て、1991年山崎製作所入社。2009年代表取締役就任。モノづくり職人の地位向上を目指して自社プロダクツブランド「三代目板金屋」を立ち上げ、女性チームで開発・製造・販売に取り組む。静岡県女性経営者団体「A・NE・GO」代表として、女性の事業承継者支援にも積極的に取り組んでいる。
小橋秀司/ファシリテーター
エヌエヌ生命保険株式会社カスタマーエクスペリエンス部部長
「僕たちが応援するから」
お客さまの言葉に背中を押されて
有限会社古田商会取締役 古田千賀子さん
古田さんは1992年、夫と共に事務用品・事務機器の卸と小売りの会社を立ち上げた。以来、古田さんも経理を担当しながら夫を支え、二人三脚で会社を運営してきた。
ところがその夫が、ある日急逝してしまった。
葬儀を終え、この先会社をどうしようか迷いながらも得意先への挨拶まわりに行った時のこと。「あなたがやらなくてどうするの。僕たちが応援するから」と、みんなが口を揃えて背中を押してくれた。誠実に仕事に取り組んできた夫への信頼があったからこその応援の言葉を聞いて、「私がやるしかない」と思うようになったという。
とはいえ、経理だけ担当するのと会社を経営するのは大違い。準備期間がまったくないまま経営者となり、「経営者になると、すべて自分で決断するしかない。自分が決めたことだからやるしかないと、自分を納得させながらの毎日でした」(古田さん)。
最初の1年くらいは他のことを考える余裕もないほど、がむしゃらに突っ走ってきたと当時を振り返っていた。
「あなただけの会社じゃないのよ!」
家族の大反対でキャンセルになったM&A
太陽運輸株式会社 代表取締役 太田豊子さん
太田さんが経営する太陽運輸は、北海道一円はもちろん、協力企業とのネットワークで全国規模の事業も展開する運輸会社だ。
そんな太田さんが事業承継を考え始めるようになったのは、札幌に戻って父親が経営する太陽運輸で働くようになり10年ほど経った頃のこと。あるとき父親が「M&Aで会社を売る」と言い出したのがきっかけだった。
さっそく両親と子供である3姉妹が集まっての家族会議となったが、そこで真っ先に猛反対したのは母親だった。
「あなたと一緒になって40年、私も一緒になってやってきた。あなただけの会社じゃないのよ!」。娘たちも母親に賛同したため、直前まで進んでいたM&Aは結局キャンセルに。太田さんは末っ子だが、三姉妹の中で唯一社員として働き、会社の状況を知っていたことから、自分がやるしかないと決意した。
何はともあれ、業界のことを勉強しようと、業界関係のセミナーや集まりに片っ端から参加することにした。とはいえ運輸業界で女性の存在はかなり希少。経営者ともなればなおさらだ。当然、どこへ行っても女性は太田さんだけ。
それでも諦めずあちこち顔を出すうちに、やがて「太陽さん、どこへ行ってもいるね」と遠巻きながらも興味を持ってくれる人が増え、次第に距離が縮まっていったという。
「以前は女性の意見を聞こうという雰囲気はあまりなかったんですが、先日は業界の札幌支部の女性役員にならないかとお声がけいただきました。あちこち顔を出して真面目にやっているのを見て、評価していただけたのだと思います」(太田さん)
継がせたい、でも娘に苦労させたくない
父親の気持ちも揺れている……
株式会社山崎製作所 代表取締役 山崎かおりさん
山崎さんは、事業承継の経験者として、第1部に続いての登壇だ。
結婚後、父親が経営する山崎製作所に入社。子育てのかたわら一社員として、マイペースで働いていたという山崎さん。
そんな矢先の2008年、リーマン・ショックが起こった。山崎さんは主に経理を担当していたため、会社の業績が見る見る悪化していくのがわかった。やがて父親も弱音を吐くようになり、「私がやるしかない」と思うようになったという。
娘の決意を最初は喜んでいた父親だが、しばらくすると反対するようになった。
山崎製作所は金属加工で精密部品を製造する会社。職人はもちろん、同業他社の経営者もすべて男性だ。そんな世界で娘がやっていけるわけがない。あるいは「娘に苦労をさせたくない」という、父親としての思いもあったのかもしれない。いずれにせよ、後継者として認められるまでには「かなりのすったもんだがありました」と、山崎さんは振り返る。
経営者になってしばらくした頃、従業員に言われた、今も忘れられない一言がある。
業界内で有名な同業他社の経営者のセミナーに、社員と一緒に行った時のことだ。「いいなぁ、あの会社。いいなぁ、あんな社長で」社員の口からポロっとこぼれたその一言があまりにショックで、本当に落ち込んだという山崎さん。「けれど『いやいや、私は私らしくやっていくしかない』と気持ちを切り替えることができ、そこから強くなれたように思います」。
「女だから」という思い込み、家事・育児との両立……
女性経営者ならではの見えないハードルとは
この後のトーク・セッションでは、「計画承継と突然承継、リアルな舞台裏」「受け継いだ後にまっていた、思わぬ壁と新たな気づき」「女性後継者だけが知る、見えないハードルの数々」といった論点で、三者三様のリアルな体験が語られた。
特に3つめの「見えないハードルは?」という問いかけに対し、太田さんの答えは「男性中心の業界にいても、あえて女性らしさを貫いている」。古田さんは「怒らないようにしています。女性のヒステリーと思われたくないので」。
そして「家庭と仕事の両立」と答えたのは山崎さんだ。「家事や育児をしながら、どう折り合いをつけて乗り越えるかというのはずっと課題でした」。経営者と母親という二足の草鞋を履きながら育てた子供たちは、今では二人とも山崎製作所に入社。そろそろ次の事業承継を考えていると語っていた。
第3部 自治体トーク
「地域の力を未来へ:
自治体が語る現状とこれからの事業承継支援」
第3部では、地方自治体で事業承継支援の政策立案に携わる4名が登壇した。
登壇順に、東京都台東区の三澤一樹さん、三重県名張市の蒲田恵美さん、兵庫県姫路市の吉中敬人さん、佐賀県の秋吉盛司さん。ファシリテーターは中小企業庁で事業承継・引継ぎ支援センターを所管する部署に所属する薮内亮我さんが務めた。
それぞれの地域で行っている事業承継支援や産業振興の取り組みについての簡単な紹介の後、トーク・セッションではファシリテーターの薮内さんも加わって、日本における事業承継の現状や様々な課題が話し合われた。
第3部登壇者プロフィール詳細を読むにはこちらをクリック
三澤一樹
台東区役所産業振興課課長
平成18年一般事務職として台東区に入区。庶務課、高齢福祉課などを経て、令和2年度より人権・男女共同参画課長に。蒲田恵美
三重県名張市産業部商工経済室係長
金融機関での勤務を経て、令和2年名張市に入庁。以来、産業部商工経済室に所属し、創業、事業承継支援から起業の事業拡大まで、幅広い事業者支援の業務を担当。仕事で行く先々で美味しいお店を見つけることが楽しみ。吉中敬人
姫路市観光経済局商工労務部産業振興課課長補佐
平成9年姫路市役所入庁。産業部門、防災・危機管理部門、選挙管理部門などに勤務。産業部門時代は産業振興部にも所属し、地元経済団体や地元大学との連携事業を行ってきた。令和6年4月より、現在の部署では中小企業振興を担当。
秋吉盛司
公益財団法人佐賀県産業振興機構さが産業ミライ創造ベース(RYO-FU BASE)Director
2003年民間のコンサルティング会社入社。2010年佐賀県庁入庁後、公共交通網の再編、製造業の進行・研究開発支援、宇宙ビジネスの立ち上げなどに従事。2023年より産業DX・スタートアップ推進グループに異動。グループ移管に伴い、2024年8月より公益財団法人佐賀県産業振興機構に出向中。
薮内亮我/ファシリテーター
中小企業庁財務課
令和4年度入省。中小企業庁、資源エネルギー庁を経て、2024年6月より現職。現在、中小企業の後継者(アトツギ)支援を中心に担当している。
後継者がいないから廃業するしかない
日本中にそんな事業所がいっぱいあるという現実
最初に飛び出したのが、人口減少と事業所の減少という問題だ。
それぞれの自治体の調査によると、台東区では製造業の1/4が、名張市では事業所の約4割が「将来廃業の予定」。それも多くが「後継者がいないから」という理由だった。
しかも名張市では、すでに人口減少を上回るペースで事業所数が減っており、「このままでは事業承継したくても継ぐべき事業所がなくなってしまう」(蒲田さん)。事業承継は、地域産業を守るためにも行政が取り組むべき大きな課題なのだ。
そこで各自治体が積極的に取り組んでいるのが、セミナーや相談会の開催。が、残念なことに、女性の事業承継者に特化した相談窓口を開設しているところは無かった。また事業承継の実態は調査していても、「女性に特化したデータは取っていない」あるいは「実績があったとしても本当にわずかしかない」とのことだった。
女性後継者支援に必要なのは、身近なロールモデル
そして、行政の相談窓口にもっと女性を
しかし第1部と2部のトークを聴いて、皆さん思うところはいろいろあったようだ。
台東区 産業振興課課長 三澤一樹さん
台東区の三澤さん 男性社会での居辛さとか、セミナーそのものに参加しにくいというお話を聞いて、主催する立場である行政としては、どうすればそのハードルを取り払えるか考えさせられました。それから女性経営者とつながって、ロールモデルとして見せていくような取り組みは参考になります。
三重県名張市 産業部商工経済室係長 蒲田恵美さん
名張市の蒲田さん いろいろな事業承継の会議に参加させていただいても、そもそも行政の人間が9割男性。支援する側にもうちょっと女性が増えるだけで、女性の承継者支援もずいぶんやりやすくなるのかなと思います。
姫路市 観光経済局 商工労務部産業振興課課長補佐 吉中敬人さん
姫路市の吉中さん 姫路市では2018年から年2回、事業承継セミナーを開催していて、過去には主婦から社長になった方のお話を聞いたことがありますし、今年の12月のセミナーでも神奈川の旅館の女将さんにご登場していただく予定です。やはり実体験を聞いてもらうのが一番ですから。
公益財団法人 佐賀県産業振興機構さが産業ミライ創造ベース(RYO-FU BASE)
Director 秋吉盛司さん
佐賀県の秋吉さん 実は私は事業承継支援ではなく、DXやスタートアップ支援がメイン業務なのですが、お話を聞いていて、DX化やスタートアップの視点を取り入れて企業の付加価値を高め、『この会社なら継いでもいい』と思われるようにするのも効果的かなと思いました。また、支援された人たちが今度は支援する側に回るといったエコシステムを作っていく必要もありそうですね。やはり行政の支援は長くは続けられませんから。
限られた予算と人材で支援を継続するには?
行政の現場も日々奮闘中
中小企業庁財務課 薮内亮我さん
そこから話題は、限られた予算と人員の中でどのように効果的に支援を継続していくか、という問題へと移った。そこは皆さん、日頃からかなり苦心&工夫をされているようだ。
お金をかけず、今いる人員でやっていくには民間企業や支援機関の力を借りるしかない。そこで今年、金融機関や商工会議所、事業承継・引継ぎ支援センターなど10機関で連携協定を結んだ名張市。「金融機関では扱えないような事案をご紹介いただいて、それを繋げていくような取り組みができるのではないかと思っています」という蒲田さん。
事業が厳しい状況になったとき、まっさきに相談するのは金融機関。ビジネスを考えると金融機関では対応できないが、その問題の裏に事業承継が潜んでいる可能性はある。「そこに行政が積極的に関わることは可能ではないか、ということですね」(薮内さん)。
その一方で、こんな嘆きも飛び出した。
「事業で何か困ったことがあったとき、実は行政にも相談窓口があることを知らない経営者も多い」と、姫路市の吉中さん。市が調査したところ、何かあったとき真っ先に相談する相手として挙がったのは税理士や公認会計士。行政等の支援機関と答えた人は半数もいなかったそうだ。
「行政にも事業承継の相談窓口があるというのは、もっと広報していかないといけないですね」という薮内さんの言葉に、全員がうなずいていた。
事業承継はいつ頃から意識すべき?
個々の企業だけでなく地域ぐるみの視点も必要では?
「事業承継は何歳くらいから意識した方がいい?」
「行政が限られた予算や人員の中でやりくりしているというお話ですが、そんな中でも支援事業をやっていく必要はあるのでしょうか。そして、『できる』と思いますか?」これらの質問に対しては、行政が抱える現実的な課題といったリアルな発言が飛び出し、会場中が息を吞むような場面もあった。
女性の事業承継のキーワードは「家族」と「相談」
当事者と支援者・支援機関の繋がりが続くことを願って
エヌエヌ生命保険株式会社 代表取締役社長 マリウス・ポペスクさん
イベントの締めくくりは、第1部でファシリテーターを務めた明治大学商学部教授の浅井義裕さんの振り返りと、エヌエヌ生命のマリウス・ポペスク社長の総括だ。
浅井先生は、特に第2部を聞いて、女性の事業承継におけるキーワードは「家族」と「相談」と指摘した。
最終的に第三者承継やM&Aという形を選んだとしても、土台には必ず“家族を支えてきた事業をどうするか”という問題がある。そして誰かが事業を継ぐとなった時、安心して相談できる相手や場があることが大切だ。
「今の時代に逆行するかもしれませんが、行政や支援機関の方がちょっとお節介に、『大丈夫ですか、何か困っていませんか』と押しかけていくようなことも必要かもしれません」(浅井先生)。
そして1985年から「中小企業サポーター」として、日本の中小企業経営者を支えてきたエヌエヌ生命。今回初めて自治体、支援機関、そして女性の事業承継者の三者が揃う場を設けられたことを喜んだマリウス社長。そして「このようなコラボレーションが今後も続くことを願っています」という言葉でイベントは締めくくられた。
トークの詳細やディスカッション・パートに興味がある方は、アーカイブ動画をご覧ください。