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女性社長インタビュー

業歴5年以上の方をメインに、会社員時代のキャリアや独自のアイデアを活かしているスタートアップの方まで。
企業の裏話や事業継続の秘訣などを伺っています。

2度の出会いで今がある。<br/>日中の架け橋を実現!
Interview vol.35【後編】

2度の出会いで今がある。
日中の架け橋を実現!

北京世研伝媒広告有限公司 安田玲美さん

http://www.cjcnet.cn/

京世研伝媒広告有限公司 総経理。 雑誌『中国日企』と『中日伝播』を発行と中国のリサーチ業務を行う。 また、トゥーシューズの製作を行う北京AngelAngel服装服飾有限公司総経理でもある。 1972年、東京生まれ、小・中・高を岩手県で過ごす。1994年、大東文化大学外国語学 部中国語学科卒業。1996年まで北京留学。北京で経営者として仕事を始めて13年半 となる。中国メディアと中国進出日本企業のイメージ調査および研究、中国と日本の 相互理解を高める架け橋として活躍中。

2度の出会いで今がある。日中の架け橋を実現!

前編では、中国事情を中心に幼少からの中国への憧れを語っていただいた北京世研伝播広告有限公司、総経理の安田玲美さん。 後編では、実際に中国と日本の架け橋としての仕事を実現するまでの道のりを話していただいた。 人との出会いをどんどん夢につなげる安田さんの今後の夢にもご注目。

社会経験なしで、いきなり中国で社長業?!

語学留学を終えて外交官試験のため日本に帰国しました。ある交流会でデザイン事務所の女性社長さんと出会い、これが大きな転機になりました。その女性社長は中国で生産を請け負う職人さんを探す予定で、「試験までの半年間、通訳として一緒に働かない?」と言われたので、即受け入れました。この半年間、学んだものは非常に大きいです。日中を行き来しながらホテルの部屋も一緒で24時間、社長業を間近で見ることができました。そろそろ外交官試験の季節・・・、と思っていたら、その社長から「あなたは組織(外交官)には向かない。だから北京で一緒に会社を作ろう」と言われてショック(笑)。結果的に、中国の仕事を中途半端で手放すのも嫌だし、やってよう!と決めまたんです。しかし、外交官ではなくいきなり社長になることに。しかも中国で!びっくりしますよね。とはいえ、女性社長から見たら、中国にいるただの使いっぱしりですけどね(笑)
そして1997年5月に「エンジェル服装服飾有限公司」を設立しました。日本でデザインした衣装を、大量生産ではなく一点一点中国の職人さんに作っていただく事業です。しかし、設立してからが波乱万丈。景気のあおりを受け日本からの仕事が少なく、私自身は中国国内での仕事を得るため営業の日々。並行して飲食店のアルバイトも3年ほど続けました。いつか軌道に乗せたいと思いながら頑張った日々です。

イベントボランティアをきっかけにリサーチ業に関わる。

実は現在の仕事はボランティアがきっかけで始まりました。2000年頃、千手観音の日本公演(2000)の通訳ボランティアとして1週間弱お手伝いをすることにしたんです。主催者が中国社会科学院のセンター長で。個人的には、日中の架け橋になりたいという思いから、中国社会科学院には非常に憧れていました。センター長と何度か会っているうちに助手として調査の仕事を一緒にやらないか、誘っていただいたんです。ずっと会社(エンジェル公司)を維持しようと頑張ってきましたが、「好きなことをやろう」と決断し、会社は経営パートナーにいったん任せ、日中間のコミュニケーションの一手段として、社会科学院の調査センターで先生と一緒にリサーチ業務を始めました。国からの調査以外にも、日本企業からの依頼が増えて2003年に設立したのが、現在の北京世研伝媒広告有限公司です。2003年まではアルバイトを続けていましたね(笑)。大学時代は学費を払うために働き、中国では会社を養うためにアルバイト。
センター長との出会いは、夢の実現につながりました。日中間は、それぞれ本当の情報があまり通っていないんです。現在は、調査を通して日中メディアや企業の相互理解を図る仕事をしています。

中国の仕事スタイルは、チーム制。

社会経験がない中で、異国・中国で会社経営を始めた私です。エンジェル公司のパートナーである職人さんや多くの方に助けられて来ました。女性社長や中国社会科学院のセンター長との出会いが現在に全てつながっています。皆さんは、時にはアドバイザーであり、経営者であり、スタッフであるかのように一緒に仕事をしてきました。だから日本のビジネスルールはあまり知りません(笑)調査の仕事で日本企業と仕事をした時は、お客さまが戸惑っていたかもしれません。でも、自分ではアウトローだなんて気づいていない。お客様が気を使ってくださっていたと思います。中国では、チーム制で仕事をすることが多いし、とにかくフレキシブルなんですね。
なんとかここまで仕事を続け、現在は、中国日企の有料化とポータルサイト作りに奔走しています。多くの方のご縁で今につながっています。  またエンジェル公司も、どうにか日本企業との架け橋になる仕事をしたいと思い続けていました。そんな中、2年ほど前から日本の大手メーカーから委託を受けて、主業務としてトゥシューズの生産を行っています。時が経って日中の架け橋という想いを実現することができ個人的にもほっとしています。

今後の夢。

プライベートでは、2005年に結婚しました。可能であれば、中国人と結婚したかったんですが(笑)日本のレコード会社から中国人アーティストのプロデュースで来たレコードエンジニアが現在の伴侶です。結局中国の音楽市場に魅せられて会社を辞めて現在中国で一緒に生活をしています。
今後の目標は・・・、子供ですね(笑)早く子育てがしたいと思っています。 もちろん仕事は続けていきます。中国は、女性が働きやすい社会です。中国では本当に男女の差がないし、共働きにやさしい社会なんです。住み込みの家政婦さんを雇うこともベビーシッターを雇うことも大きな負担になりません。一般の会社員の方も普通にベビーシッターさんを活用して、共働きを成立させています。女性経営者も、あらゆる分野で活躍しています。
今後も日中の架け橋として情報発信を行っていきたいと思います。日本からも多くの女性経営者が中国進出をするチャンスがあると思いますよ。ただ、数年前より人民元の切り上げや人件費があがっていることから、中国進出を安い製品が作れる「オフショア開発」の場として考えるのは難しくなっていると思います。ただ、人口の多さからすると大きな市場なのでサービス業などにとってはポテンシャルが高い国です。 多くの方々の日中相互理解に役立てるよう今後も邁進したいと思います。